2003年11月23日(藤沢市民会館)

21世紀は患者が医療を変える

    南淵明宏

    大和成和病院心臓病センター長

 今日は肌寒い中、お集まりいただきましてありがとうございました。考心会はもう6年が経過し7年になろうとしております。私は心臓手術を行っていますが自分では受けたことがありません。手術を受けられた方は、その人にとってはものすごく大きな事件ですね。5年、7年も経っても、あの時の気持ち…、明日は手術だなと患者さんが病棟で目をつむる時、果たしてどんな気持ちを持たれるかということは全く想像ができません。自分で経験しないわけですから。でも皆さんにとっては大きな思い出というか事件だったと思います。自分自身の大きな勲章、病気にうち勝ったという証拠ですね、それは自分の一生に刻まれた刻印だというふうにも思います。それが皆さんの足をこの会場に運ばせているんだなと思っています。
 私は医者ですから目の前の患者さんのことはよく分かります。今日はメディアの方も来られていますが、「最近の患者さんどうですか?」「医者の世界どうですか?」などとよく聞かれます。やはり医者の立場でしか分かりません。自分が患者になったことがないのでやはり、1つの溝ですね、患者さんと自分の間に大きな溝があるのかなと思ったりします。
 考心会は半年毎に開かれます。その時、私の中に皆さんから見て変わったところがあるかどうか分かりませんが、半年毎というのはちょうどいいと思っています。私も半年前と今とは全然違うわけで、この半年間に起こったことといえば、本をたくさん出させていただいたということもありますが、社会の方から大きな注目を受けるようになって、いろいろな質問を受けます。「南淵先生いい病院を見分けるにはどうしたらいいんでしょうか?」などと色々と聞かれます。そうすると自問自答いたします。なぜ私に聞くのかなと思ったりもします。なぜかというと私は病気になったことないわけですからね、そんなことは病気になった人に聞いた方がいいんじゃないかと思うこともあります。
 皆さんご存じだと思いますが、いろんなランキング本というのが出ています。ところが患者さんの意見を聞いたというのはあまりありません。とにかく自分でいろいろ考えてきたことを、メディアの人から聞かれます。「いい病院とは一体何なんでしょう」「いい医者って何でしょう」と。そんなこと聞かれなくても自分で自答していたとは思いますが、こうまで毎日のように聞かれて、それを自分で説明しまた自分で考えます。考えながら説明していくわけですが、こういうことに関して基本的に変わっていない面はありますが、自分でも大分変遷して考えが変わったり、表現の仕方が変わったりします。1年ほど前には、大学病院の医療というのはあまり大した内容じゃない場合もありますよとか、色々なことを言っていました。そういう表現に加えてもっと別の言い方をするといい、あるいは思っていることをどう表現したら伝わるのかということですね。そういう機会をたくさん与えていただきました。自分なりに表現する技術を磨くようテレビ番組にも出演しました。それで少しはお医者さんの気持ちを、社会あるいは患者さんに伝える役目を少しは果たせたかなと思ったりしています。
 その成果と申しましょうか。この『ブラックジャックはどこにいる』という本が、7月にPHPから出ました。医者になってからの生い立ちを中心に書いています。研修医になった時に非常に心細かったこと、救急病院に当直してどんな患者が来るのか本当に怖い、患者も怖いけど医者も怖いというようなことを本に書かせていただきました。切り口が非常に良かったのか、今の社会に受け入れられるようになり、次に日経新聞から『突然死』という本を出しました。昨年、皇室の方が突然、心室細動でお亡くなりになられた。そこで日経新聞の方からこういう本をいかがですかというお話があって、7、8カ月かかって出来上がりました。その後、手塚治虫の『ブラックジャック」の連載漫画を自分なりに解釈を加えた『ブラックジャック解体新書』という本を宝島社から出しました。
 手塚治虫という人は、大阪大学を出ていますが、大学院は私が卒業した奈良医大で、学生時代に講演に来ていただいたり、直接お会いしたこともありますが、漫画を400冊ほど書かれていて日本を代表する文化人です。その人の作品に対してこうした本を書かせていただいたというのはとても光栄の至りだと思っています。
 ブラックジャックというのはどういう医者かと申しますと、超人的な外科医で何でも治します。しかも無免許です。小さい小屋みたいなところに住んでいて、助手が1人いて2人だけで手術をする。とんでもない難手術を行う。診療費も大変高い。患者さんは難病でどこへ行っても治らない。でもブラックジャックの手術だったら治るかも知れないと世界中から訪ねてきます。ブラックジャックは自分は無免許だ、しかも高い金払えるのと敷居を高くしていますが、それでも患者さんは手術を受けたいとやってくるわけです。
 こういった医者と患者の関係ですね、これは今もずっとメディアに言い続けていますが、この中の患者さんの大変多くの方が当てはまるのではないかと思っています。つまりブラックジャックの患者というのは、一般に言われているインフォームドコンセントはあまり必要ないんです。皆さんの多くがそうだと思います。よその病院で心臓カテーテル検査を受けて手術が必要だと説明され、自分の意思で手術を受けることを決めた上で私のところに来ていただいた。大きな総合病院があって、あなた病気ですよ、手術しないと危ないですよとゼロから説明を積み重ねていって、じゃ手術を受けなさいよというパターンとは全く違うんですね。これを称して私は21世紀型の患者さんと呼んでおります。
 これに対して20世紀型の患者さんというのはお任せ医療です。素人ですから何も分かりません、お願いします。それで終わりです。そうではなくて皆さんの多くは自分が病気でどこがどう悪いのか、どんな治療方法があるのかを具体的に理解された上で、遠い大和成和病院まで手術を受けに来られます。手術を受けることを初めから決めているわけですね。私に会って決めることは何かと言いますと、いつ手術するかそれだけです。
 ですから21世紀型の患者さんというのはインフォームドコンセントはもちろんありますが、それは医者と患者が手術の前に話す確認作業にすぎないわけです。自分の病気のことは自分でよく分かっておられる、どういうリスクがあるか、どういう治療法があって、また誰が責任を取るのかということが非常に明確になっているわけですね。
 「病気というのは食べ物と薬草、ハサミ、この3つで治る」。これはヒポクラテスが言った言葉ですが、それを適材適所にアドバイスするのが医者の役目です。アドバイスというのは、私がアドバイスをするという立場ではなくて、いわばハサミですね。単なる職人ということです。皆さんが最後にご自分でどうされるか、治療を具体的に決めていく。ちょっといいハサミあるらしいということで私どもの病院に来られて手術を受けられる。ですから私はハサミに徹すればいい、私としては大変良質な患者さんを手術させていただいているということになるわけです。
 この5冊ある本の中の3冊に「ブラックジャック」という名がついているのは、そういう理由でもあるわけです。ですから権威もなく大学教授でもない、国立でも県立でもない小さな病院で手術させていただいている自分というのは、無免許とはいいませんが、肩書きのない立場ではブラックジャックと同じではないかと思っています。かっこよく言えば、ブラックジャック的なわけですね。私には肩書きも、後ろ盾もなにもないですよ。あるのはこの手だけです。手術するのは私です。そういう意味ではブラックジャックのようでもあるし、ブラックジャックを語るに相応しい人間ではないかと周囲の人が思ってくれている理由ではないかと思っています。
 最初の話に戻れば、自分が一生懸命考えてきたことを、この「考心会」、その前の「湘心会」というところでお話させていただきました。そして、ずっと同じことを考え同じことをやってきました。それをどう表現して皆さんに伝えていくか、どうやって外の世界の人にも発信していくかということで、たまたま漫画があったり、テレビドラマがあったりして、TBSの「ブラックジャックによろしく」という番組ですね。「南淵先生ブラックジャックみたいじゃないの」という感じで見ていただいています。それで本を書けという話になってきて、このブラックジャックというのがこういうふうに続いています。
 それから次に出たのが『心臓は語る』という本ですね。これには心臓のいろんなフレーズが入っています。みなさんご存じだと思いますが、『受ける受けない冠状動脈バイパス手術』という本があります。あれをこういった形でリニューアルにした本です。こちらの方が値段が安いし多くの人に心臓の構造とか心臓の鼓動ですね…、私はいつも動いている心臓を目の前で見ていますが、それはいい意味で職業病的な、たとえば放射線を撮る人がいつも放射線を浴びているように動いている心臓を見る、そればかりずっとやっているというのは、何か人と違うものがあるんじゃないかという感じがしておりますが、そういう気持ちでこの本を書かせていただきました。
 心臓が動いている。でも何で動いているのかなと思っても分からないんですね。7年前、8年前に手術を受けた心臓がまだ動いている。まだ動くのは当たり前のことなんですが、その仕組み、構造たるや不思議なことばかりでホントに分かりません。分かりませんというよりは畏敬の念、尊敬の気持ちですね。それがこの本に書いてあります。その理由、その構造ですね。人類が消滅するのに10臆年かかるといわれていますが、その間にも絶対解明できないことですね。そういう神域である心臓を目の前にして、そこでなにかやらかそうという自分は一体何なんだろうといつも思っています。あるいは手術がうまくいって心臓が元気になる、でも本当に自分のやったことは何なんだろうかと疑問に思ったりするんですね。人間というのはホントに多くの点で無力であって、そういう心臓を私が直接見て、この手で皆さんの心臓を感じ取った感想みたいなものをこの本に書かせていただきました。
 この会が始まったころは、世間はまったく相手にしませんでしたが、最近は私がなにか話しますと、「南淵先生それ面白い、本、本」とかいってすぐそういう話になってしまいますが、自費出版ではなく原稿を出せば本が出来上がるという状況は、出せる時にたくさん出しておいた方がいいのかな、自分でいろいろな構想が出て来る限りにおいては、本にしておくべきかなと思ったりしています。
 今日みなさんにお配りした資料に読売新聞の論点という記事があります。東京慈恵医大青戸病院で内視鏡手術が行われ患者さんが亡くなった。手術を行った医師というのは内視鏡の手術は初めてなんですね。いろいろ調べていくうちに最終的には逮捕という衝撃的な出来事になってしまいました。これは従来、医療行為はよかれと思ってやっているわけですから、とんでもない結果であったとしても、手術した医者が逮捕されるなんてことはないというのがずっと医者の社会の常識でした。
 医療裁判も行われておりますが、これはみんな民事です。実際に行った医療行為が犯罪であるという判断をされたのは非情に珍しい。これは大変な事件で、医者として誰もが考えるのは、社会が相当怒っているなということです。
 こうした事件を見て思うのは、たとえば小さな民間病院で医者1人がとんでもないことをやらかしたということとは全く違うわけですね。大学病院というところは権威があるとは思いませんし、中でいろんなシステムが機能しているとも思いませんが、しかし、少なくとも同じ屋根の下で多くの医者や看護婦が働いている、そういうところでこうしたことが平気で行われてしまって、しかも誰も止めない、そういう状況に犯罪の原因というのがあるんだということを世間に知らしめたわけです。この近くの大学病院でも患者さんを取り違えるということがあったわけですが、そういったことがあっても、みんなただボーッと見逃していました。だんだんそれがそうではなくなってきました。私はこうした問題をずっとやってきましたので、何かコメントすべきではないかということで、新聞社の方にご相談して、1つの基本ライン的な正論としてこうした意見を載せさせていただいたわけです。
 これは読売ですが、昨年エッセイを載せました朝日の方、日経の方、毎日の方、産経の方も、みんなこれを読むわけですね。すると異口同音に、こういったことが正論であっても、分かっていても、南淵先生がずっと同じように言っていたネタであったとしても、こうした「論点」という形で出ることはこれまでありませんでしたね、またこれで世の中変わりますと仰ってくださいました。
  もう1つここに記事があります。これがまさにその後を追うように出ました。ここでも同じことを言っているわけですが、こうした解説面という欄に載るようになりました。この上の行にあるのは、とにかく手術数が多くないと駄目です、大きい大学病院でも手術数が少ないと駄目ですよ。逆にいえばそういう病院もあるということを暗に示しているわけですね。
 それからもう1つ、ここにシーメンス旭メディック社のアンケートがあります。患者が一番知りたい病院情報をアンケート調査したものですが、「手術件数や内容、治療実績」が知りたいというのが第2位です。1番は何かというと「実績のある有名な専門医がいる」ということです。医者の名前ですね。これを皆さん知りたがっています。これが大きな流れになってきました。私も少しはこうした流れを作ってきたかなと思っていますが、私は特に皆さん方が7、8年前からこうした流れを作ってきたと思っています。皆さんは大学教授でもない医者に、小さな病院で手術を受けられました。これはまさに皆さんの流れ、やって来られたことが標準になってきたということです。これからは考心会の皆さんを手本にしたい、そういうことがまさにここに書かれているんだと思います。
 そういう意味で皆さんにはいろいろ教えられる点、感謝しなければならない点が数多くあります。私自身どうしたら患者さんに理解していただけるだろう、そういうことを考えてきた10年でしたが、それがだんだん功を奏してきました。その中にはメディアに出るということもありますが、やはり皆さんとの直接の手術、その前後でのふれあい、それから皆さんが実際にどう感じてきたか、そうしたことを他の人たちにどう伝えてきたかということが、まさしく私の周囲で起こっていて、それが形になっています。今日テレビ東京が来ているのもまさに皆さんのお陰なわけですね。でも私が皆さんに感謝するだけじゃなくて、こうやって皆さんが社会を動かしているということは紛れもない事実ですから、皆さんの気持ち、英断、それをもっと大きな形で世間に伝えたい、多くの人たちにわかっていただきたいということで、今後も色々と発言させていただこうと思っております。

(この講演内容は幹事会の責任で概要をまとめたものです)